昭和50年に呉三津田高校後、将棋のプロ養成期間である日本将棋連盟の奨励会に在籍し、将棋界での修行を経て昭和62年には中川秀直代議士の秘書として国会での経験を積みました。
平成7年に呉市議会議員選挙に初出馬し当選。20年以上にわたり市政に携わりました。
しかし、2022年2月、航空機内でのマスク着用拒否により強制降機させられ出発が遅延したことが問題となり、市議会から辞職勧告を受けました。
その後も政治活動を続け、自然共生党の代表として、食の安全や医療制度、ワクチン政策などに関する講演を行なっています。
彼の活動は、議員時代から現在に至るまで、地域社会や政治に対する積極的な関与と独自の視点を示しています。